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東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)259号 判決

原告 井上得三

被告 建設大臣・大阪府知事

主文

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者が求めた裁判

一  原告

1  被告建設大臣が昭和四一年八月五日建設省告示第二、五三一号をもつてした土地収用法に基づく事業の認定は、別紙目録記載の土地については無効であることを確認する。

2  被告大阪府知事が昭和四三年一二月一八日大阪府告示第一、一三七号をもつて別紙目録記載の土地についてした土地収用法に基づく手続開始の告示は無効であることを確認する。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

予備的請求として、

1  被告建設大臣がした本位的請求第一項の事業の認定のうち別紙目録記載の土地に関する部分を取り消す。

2  被告大阪府知事がした本位的請求第二項の手続開始の告示を取り消す。

との判決

二  被告ら

1  本案前

主文と同旨の判決

2  本案につき

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二主張

一  原告の請求の原因

1  被告建設大臣は、一般国道一七一号線(京神国道)のうち箕面市大字大野原から同市大字牧落までの延長四、三六〇メートルの改築工事について、土地収用法の一部を改正する法律(昭和四二年法律第七四号。以下「改正法」という。)による改正前の土地収用法(以下「旧法」という。)第二〇条の規定による事業の認定をし、同法第二六条第一項の規定により昭和四一年八月五日建設省告示第二、五三一号をもつて事業の認定(以下「本件事業認定」という。)の告示をした。

2  本件事業認定の告示のあつた土地の改正法による改正後の土地収用法(以下「新法」という。)の規定による収用については、土地収用法の一部を改正する法律施行法(昭和四二年法律第七五号)(以下「施行法」という。)第四条の規定により収用の手続が保留されているものとみなされたところ、被告大阪府知事は、別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という。)について、新法第三四条の三の規定により昭和四三年一二月一八日大阪府告示第一、一三七号をもつて手続開始の告示(以下「本件手続開始の告示」という。)をした。

3  本件事業認定には、次のとおり瑕疵がある。そして、その瑕疵は重大明白であるから、本件事業認定は、無効であり、そうでないとしても、取り消されるべきである。

(一) 本件土地のうち別紙目録一から八までに記載の土地は、もと原告の所有であつたが、昭和二三年一〇月二日付及び昭和二四年七月二日付で、旧自作農創設特別措置法第三〇条の規定により政府に買収された。そして、本件事業認定がされた昭和四一年八月五日当時、右土地については、農林省のため所有権の登記がされていた。

(二) 本件土地は、本件事業認定がされた当初はその対象に含まれていなかつたが、その後昭和四三年八月二八日裁判上の和解により本件土地につき前記買収が取り消され原告の所有となると、被告建設大臣は、本件土地を事業認定の対象に含まれているとして手続を進行させた。このように本件事業認定においては本件土地をいつその対象としたのかが判然とせず、恣意的曖昧な処分であるから瑕疵がある。

(三) 仮に本件土地が当初から本件事業認定の対象に含まれていたとしても、当時本件土地は国の所有であつたから、原告の所有となつた時、遅滞なく本件事業認定のあつたことを原告に告知すべきところ、右告知はないから本件事業認定は瑕疵がある。

(四) 本件事業認定は、国道を一〇メートル幅から二〇メートル幅に拡幅するものであるが、右国道はもともと七メートル幅であるので、拡幅部分の内側に各一・五メートル幅の細長い形状の私有地を残し、この部分は補償なくして収用された結果となる。このように道路の内側に私有地を残すことから出発した事業認定は瑕疵がある。

4  本件事業認定が無効である以上、その後続処分である本件手続開始の告示もまた無効である。

仮にそうでないとしても、本件事業認定に瑕疵がある以上、本件手続開始の告示も取り消さるべきである。

二  被告らの本案前の主張

1  被告建設大臣

(一) 本件事業認定の無効確認の訴えについて

大阪府収用委員会は、昭和四五年一月二七日、本件土地について、権利取得の時期及び明渡しの期限をいずれも同年二月一六日とし、損失補償の金額を七九、三一八、六八五円とする収用裁決及び明渡裁決をした。そこで、起業者である被告建設大臣は、同月九日及び一〇日の二回にわたつて右補償金を原告に現実に提供したが、受領を拒絶されたので、同月一二日に右補償金を大阪法務局に供託した。そして、前記権利取得の時期に本件土地の所有権が国に帰属したものとして、同月一七日右土地について原告から国(建設省)に対する所有権移転登記がされ、また、起業者である被告建設大臣は、前記明渡しの期限が経過した同月一七日以降右土地を占有し、一般国道一七一号線道路敷として使用している。

そこで、原告の主張するとおり、本件事業認定が無効であるとすれば、後続する右裁決も無効であることになるから、原告は、本件事業認定及び右裁決が無効であることを前提として、本件土地の所有権を有することを主張し、所有権確認の訴え等現在の法律関係に関する訴えを提起することによつて、目的を達することができるから、行政事件訴訟法第三六条の規定により本件事業認定の無効確認の訴えを提起することは許されない。

(二) 本件事業認定の取消しの訴えについて

法律に基づいて告示又は公告の方法によつてされた処分の取消訴訟については、行政事件訴訟法第一四条第一項にいう「処分があつたことを知つた日」は告示又は公告の日であると解すべきところ、原告が本件事業認定の取消しの訴えを提起したのは、本件事業認定の告示がされた昭和四一年八月五日の翌日から三か月を経過した後である昭和四四年一二月一七日であるから、右訴えは、出訴期間を徒過した不適法なものである。

2  被告大阪府知事

(一) 本件手続開始の告示の無効確認及び取消しの訴えについて

手続開始の告示は、事業認定の諸効果のうち、手続保留により停止されていた効果を発生させるものにすぎず、都道府県知事は、事業認定が存在する限り、手続保留地について、起業者が適式の申立てをしたときは、遅滞なく、手総開始の告示をしなければならないのであつて、事業認定の適否について審査する権限を有しない。

したがつて、手続開始の告示は、抗告訴訟の対象となる行政庁の処分又は公権力の行使に当たる行為には該当しない。

(二) 本件手続開始の告示の無効確認の訴えについて

仮に、手続開始の告示が抗告訴訟の対象となるものであるとしても、被告建設大臣の本案前の主張(一)と同様の理由で、原告は、本件手続開始の告示の無効確認の訴えを提起することは許されない。

(三) 本件手続開始の告示の取消しの訴えについて

法律に基づいて告示又は公告の方法によつてされた処分の取消訴訟については、行政事件訴訟法第一四条第一項にいう「処分があつたことを知つた日」は、告示又は公告の日であると解すべきところ、原告が本件手続開始の告示の取消しの訴えを提起したのは、本件手続開始の告示がされた昭和四三年一二月一八日の翌日から三か月を経過した後である昭和四四年一二月一七日であるから、右訴えは、出訴期間を徒過した不適法なものである。

三  被告らの本案の答弁

1  原告の請求の原因1及び2記載の事実は認める。

2  同3のうち(一)記載の事実は認めるが、その余は争う。

3  同4記載の主張は争う。

四  被告らの本案前の主張に対する原告の認否及び反論

1  本件事業認定の無効確認の訴えについて

被告らの本案前の主張1(一)の前段記載の事実は認める。

しかし、土地収用法による事業の認定は、土地の形質変更の禁止によつて所有権の行使を制限する効力を有するものであるから、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たり起業地内の土地所有者は、事業の認定の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有すると解すべきであるところ、原告は、本件事業認定にかかる事業の起業地内に存する本件土地を所有しているから、本件事業認定の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有する。

そして、被告主張のように、本件土地について収用裁決がされたからといつて、それ以前に提起された本件訴えが不適法となるいわれはない。

また、本件土地はすで 道路敷として使用され、返還を求めることは事実上不能であるから、収用手続の無効を前提に所有権の確認を求めても、返還不能による損害賠償請求の前提となるに過ぎない。したがつて、本件収用手続の無効を確認することにより、そのやり直しをさせることが国民の利益を保護し公共の福祉にそうゆえんである。

2  本件事業認定及び本件手続開始の告示の取消しの訴えについて

本件事業認定がされた後改正法の施行前に、旧法第三三条の規定による土地細目の公告はされなかつたから、原告が本件土地が収用の対象とされることを確実に知りえたのは、右土地について土地調書が作成された昭和四四年一二月であり、原告が本件取消しの訴えを提起したのは同年同月一七日であるから、出訴期間を徒過していない。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  被告建設大臣に対する訴えについて

1  原告は、被告建設大臣に対し本件事業認定の無効確認を求めるので、行政事件訴訟法第三六条所定の原告適格を有するかどうかについて判断する。

本件土地についてすでに土地収用法の規定による収用裁決及び明渡裁決がされ、被告建設大臣が本件土地を占有し、一般国道一七一号線道路敷として使用していることは、当事者間に争いがない。したがつて、もはや原告が本件事業認定に続く処分により損害を受ける虞のないことは明らかである。また、もし本件事業認定が本件土地について無効であるならば、本件土地の所有権は依然原告にあるのであるから、原告は、いつでも、本件事業認定が無効であることを前提として、国に対し、土地所有権の確認、本件土地の明渡し、所有権取得登記の抹消登記手続請求等、現在の法律関係に関する訴えを提起し、その救済を求めることができるから、原告は、本件事業認定の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができるというべきである。したがつて、原告は、本件事業認定の無効確認の訴えにつき原告適格を有しないことは明らかである。

原告は、本件土地についての収用裁決は本訴提起後にされたから、本件訴えは不適法とならないと主張するけれども、原告適格の有無は口頭弁論終結時を基準として判断すべきであるから、原告の右主張は主張自体理由がない。

2  次に原告は、予備的に、本件事業認定の取消しを求めるので、本訴が出訴期間を充たしているかどうかについて判断する。

本件事業認定が旧法の規定によりされたものであること、本件事業認定においては、施行法第四条の規定により収用の手続が保留されているものとみなされ、その後昭和四三年一二月一八日本件手続開始の告示がされたことは、当事者間に争いがない。

そうすると、施行法第二条の規定により旧法第二六条第一項の規定による事業の認定の告示は、新法第二六条第一項の規定による事業の認定の告示とみなされ、改正法施行前に旧法第三三条の規定による土地細目の公告のなかつたものについては、施行法第六条の規定により起業地についてはじめて新法第三四条の三の規定による手続開始の告示がされたときから形質変更禁止の効力が生じ、かつ、手続開始の告示においては収用手続を開始しようとする土地が図面で表示されるから(新法第三四条の二)、手続開始の告示があれば、当該土地の所有者は事業の認定に対し抗告訴訟を提起することができると解せられる。

これを本件についてみるに、前記争いのない事実に成立に争いのない乙第一五号証、第一八ないし第二〇号証、証人桂弘の証言により真正に成立したと認められる乙第八ないし第一〇号証、証人竹内功の証言により真正に成立したと認められる乙第七号証の一、二、第一一号証、第二三号証、第二四号証及び右各証言を合わせると、

箕面市長は、昭和四三年一二月二五日から箕面市役所において、本件手続開始の告示に関する新法三四条の二第一項の規定による図面を縦覧に供したこと、浪速国道工事事務所の係官は、昭和四四年二月一二日原告宅において原告と本件土地の買収の交渉をし、その際原告に「一般国道一七一号(京神国道)箕面地内改築工事にかかるる『補償等について』のお知らせ」と題するパンフレツトを交付したこと、右パンフレツトには本件土地の所在する箕面市白島地内について昭和四三年一二月一八日付で手続開始の告示のあつたこと、その範囲を示す図面は箕面市役所で縦覧することができること等が記載されていること、同事務所長は昭和四四年八月五日原告に対し「道路敷地内民地名義の所要面積について」と題する文書を書留速達便で送付していることが認められる。

右認定の事実によれば、原告において手続開始の告示に伴う図面を縦覧すれば、本件土地につき手続開始の告示のあつたことを知ることができたと認められるのみならず、浪速国道工事事務所係官との交渉の経過に照らしても、原告は、おそくも前記書留便による通知が到達したと推認される昭和四四年八月七日頃には、本件土地につき本件手続開始の告示のあつたことを知つていたことは明らかであるといわなければならない。右認定に反する原告本人尋問の結果は前掲各証拠と対比し採用し難く、成立に争いのない甲第一〇号証も右認定を左右するに足るものではない。

そして、同年一二月一七日本訴が提起されたことは一件記録上明らかであるから、本件事業認定の取消しを求める本件訴えは、出訴期間を徒過した後に提起されたものといわなければならない。

3  よつて、原告の被告建設大臣に対する訴えは、いずれも不適法である。

二  被告大阪府知事に対する訴えについて

原告は、被告大阪府知事に対し本件手続開始の告示の無効確認ないし取消しを求めるので、本件手続開始の告示が抗告訴訟の対象となる行政処分であるかどうかについて判断する。

土地収用法は、起業者の資金の準備や事務処理能力に対応するため、起業者は、いつたん起業地の全部又は一部について事業の認定後の収用又は使用の手続を保留することができることとし、その手続を開始しようとするときは、あらためて手続開始の申立てをすべきものとしているが、この申立てが適式であれば、都道府県知事は、事業の認定の適否については審査せずに、遅滞なく、手続開始の告示をしなければならないものと解せられ、また右告示の効果は、それまで保留されていた事業の認定の効果を生じさせるものに過ぎない。そうだとすれば、右告示は、起業地の所有者等に対し事業の認定と独立して法的効果を有するものとは認め難く、事業の認定に対する出訴を認めれば、起業地の所有者等の権利保護に欠けるところはないというべきである。そして、このことは、本件の場合のごとく、施行法第四条により事業の認定後の収用の手続は保留されているものとみなされ、その後手続開始の告示がされた場合についても、同様である。

以上により、本件手続開始の告示は、抗告訴訟の対象となる行政庁の処分とはいえないから、その無効確認ないし取消しを求める原告の請求は、不適法といわなければならない。

三  よつて、原告の本件訴えは、いずれも不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三好達 時岡泰 青柳馨)

別紙〈省略〉

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